| 第12弾 (H20年12月20日配信) |
【トップエッセイコース12 担当:弊社社長 益永】
件名:貴志祐介氏講演会「読書と人生」
貴志さんがお話になった「読書の効用」とは・・・
①心が落ち着く。パソコンを30分~1時間やると嫌な疲労が残り、心がささくれてくる。でも本を読むとそれが解消される。読書は瞑想に似ていてアルファー波が出ているのではないだろうか。映像の場合は暴力的に刺激が与えられるが、活字は自分で調整できるし、中断することも、前に戻ることもできる。ストレス社会の中で一人になれる時間は貴重だ。
②日本語やコミュニケーションの能力向上に、本に勝るものはない。国語はもとより、全ての教科で日本語の能力が問われる。最近のテレビ番組では、下にキャプションがたくさん出ているが誤字脱字だらけだ。これで日本語を覚えてしまうと悲劇だ。
③物語を考えながら読むことで先を読む能力が養われる、今の学生は勘で動く場合が多い。例えば人を殺すとその後、自分の人生がどうなるか考えつかないようだ。先を読む力が欠如している。振り込め詐欺にしても、自然に考える能力があればひっかかからないはずだ。ミステリーを読んでいる人は恐らくひっかからないだろう。
④自分の人生は一つしか生きることができない。一つの世界しか見ることができない。本を読むことで違う人生を体験することができる。他人の考え方を知ることは重要であって、それによって視野を広げることができる。同じ考え方の人がいる場合は励みにもなる。
⑤読書は現実逃避の場ともなる。人間はそんなに強いものではない。いつも雄々しくいれるものでもない。現実逃避して何が悪いのかと思う。別の世界にしばらく行って、再び現実の世界に戻ればいい。
と、このように読書の効用をまとめておられました。
その後は出版界の現況などもお話になり、最後の質疑応答ではたくさんの質問が会場から出されていました。
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| 第11弾 (H20年12月5日配信) |
【トップエッセイコース11 担当:弊社社長 益永】
件名:東尋坊・命の灯台の茂幸雄さん
茂幸雄さんの著書『東尋坊・命の灯台ー本当はみんな生きたいんや!』は、しばらくは机の上に置いたままでした。ふと思い立って、今年の9月になってようやく手にして、その日の内に読み終えました。
三国警察署に勤務していた時、夕暮れの東尋坊で二人連れと遭遇します。自殺をしに来ていた二人であることが分かったので、地元の病院に入院させ、また地元の福祉課に保護の依頼もします。
しかし、五日後に二人から届いた手紙には、お礼の言葉とその後のいきさつが書いてあったのです。
各地の保健所や福祉の人に冷たくされて、結局は自殺をする前に認められた手紙であったのです。
痛恨の出来事となり、定年退職までの一年間を、茂さんは自殺防止活動に専念され、退職後も再就職の誘いを断わり、現在までボランティアで活動を続けられているのです。
その茂さんのことは、民放のテレビ番組が取り上げていて、以前深夜に視聴させて頂きました。
また、福井新聞の別冊「fu(ふう)」12月号でも、岡崎道雄さんという方が『「自分ができる事をやってるだけ」茂幸雄さんのこと』というタイトルで文章を書いておられます。
この岡崎さんも、茂さんの活動に共鳴され、東尋坊近くに「風鳴庵」という施設をつくられたそうです。自殺志願者が心を休め、自分を取り戻すきっかけとなることを願ってのことです。
東尋坊は福井の景勝地であり、観光客で賑わう場所ですが、残念ながら自殺の名所ともなっています。年間25人以上、過去10年間で253人もの人が飛び込み自殺をしているのだとか。
そんな現状を見過ごすわけにはいかないと、茂さんらは私費を投じながら活動をされています。
茂さんの著書にはこう書いてありました。
「あなたが生きているだけで、周囲の人は幸せです。ただそこにいるだけで周囲の人の心に火をともすことができるのです。生き続けるだけで、自分の人生の責任を果たしていることになるのです」と。
地味な活動を続けておられる茂さんらですが、こういった方々こそ賞賛されるべきだと思います。
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| 第10弾 (H20年11月20日配信) |
【トップエッセイコース10 担当:弊社社長 益永】
件名:㈱デンソー特別顧問・石丸氏講演
気懸かりはことは、世界を覆う絶えざる紛争と、世界的な生活必需品の高騰と払底だ。
地球の未来としては、環境の悪化、食糧不足、異常気象、天然資源の枯渇、水・石油・希少金属、核の拡散の問題があり、日本の未来としては、1000兆円の負債と財政赤字、人口減少、国家評価の低下の問題があり、周辺の未来としては、会社・家族の生活の問題がある。
最高の幸せとは、安からに生を終えることであり、安らかに育つには親が安からであることが必要であり、安らかに働くためには家族が安からであることが必要であり、安らかに死ぬためには子供が安らかでことが必要がある。これが永続することが人の幸せの基盤であり、そのためには豊かな自然と平穏な社会が必要だ。
人は一人では生きてゆけないし、豊かな自然がなくても生きてゆけない。人の幸せとは不老長寿ではなく、安らかな人生のサイクルである。
また、自然は祖先から譲り受けたものではなく、子孫からの預かりものであると考えるべきだ。
21世紀最大の課題は〝Sustainable Development〟であり、地球環境保全と生活の維持向上が同時に満たされなければならない。そこにジレンマがあるが、それは企業家や技術者の務めであろう。
19~20世紀の社会構造は、①自国利権拡大を目指した植民地争奪競争、②人権および環境無視の事業拡大競争、③利便を第一とした商品開発競争であったと言える。それによって環境汚染と天然資源の枯渇がもたらされた。
近年の人権無視の歴史としては人身売買や奴隷制度、カースト制度、日本での身分制度があったし、西洋人による未開民族への圧制もあった。女工哀史もあったし、最近話題になっている「蟹工船」もあった。
日本の公害の歴史としては、足尾鉱山、有明海の水俣病、四日市の工場排水、神通川のイタイイタイ病などがあった。
20世紀は確かに平均的には物質文明は向上し、豊かで便利な生活を得ることができた。しかし、その過程では、戦争、搾取、浪費などの人間性と地球保全を無視した開発を進めた結果、地球資源の枯渇と環境汚染などによる人類の滅亡が懸念され始めてきた。
20世紀は「火と機械」の時代だったが、21世紀は「水と命」の時代になるだろう。
水については「20世紀は石油をめぐって戦争が起きたが、21世紀は水が原因で国際紛争が起こるだろう」(世界銀行総裁セラゲルティン)とか「エジプトを再び戦争に駆り立てる唯一の問題は水である」(エジプト・サダト大統領)という発言があった。
日常の生活用水が不足している人は11億人いるとされている。
例えば牛肉1㎏生むためには水20トン、米1㎏に3トン、麦1㎏に2トン、牛丼1杯に水2トン必要だと言われている。
21世紀への警告としては、レイチェル・カーソン著『沈黙の春』、ポール・エーリックの「人口爆弾」、ローマ・クラブの「成長の限界」、坂田敏文監修「ジオ カタストロフィ」、ゴア著『不都合な真 実』などがあった。
食糧からみた地球の定員としては、アメリカ水準だと20億人、日・欧水準で40億人、中国水準だと60億人、そしてインド水準だと110億人だと言われている。2008年現在約67億人で、1日1食で生活している人は13億人、餓死寸前の人は8億人いると推定されている。
地球破壊防止の対策としては、人口抑制と近代化(開発途上国の教育レベルの向上と貧困の撲滅)、世界経済成長の抑制(倹約生活、消費レベルの引き下げと質的向上)、賢人会議の開催(利害を超えた先進国間の合意と協調)、徹底的生産性の向上(企業・技術者の役割)がある。
100年先の子・子孫の幸せのためになすべき課題は多く、緊急な行動が肝要である。
無用な争いは一刻も早くやめ、世界の賢人の叡智を集めた対策が必須である。
幸福には4つの段階があり、1階は人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。2階は獲得した「快」を永続させる。3階は苦悩や悲しみを経験し、それを克服する。4階は克服できない苦悩や悲しみの中に、幸福がある。
西澤潤一郎・東北大名誉教授は「全ての人を幸福にしなければ自分の幸福はありえない」と喝破された。
成長なき時代の会社経営としては、①社員のモラール維持、意識改革が大事だ。人間として「生きる」目的を明確にする。「働ける喜び」を示す。②会社方針の徹底。デンソーの場合はデンソー基本理念を設定し、新社歌「宇宙へのドア」を制定し、長期構想「構造変化対応要綱」を策定した。③絶えざる「新しい価値」の創造(新商品開発)。
リーダーの使命は、士気を奮い立たせること(全員が嬉々として自発的に働く)。そしてベクトルを合わすこと(目標の明示と方向付けをする)基本は総力の結集と部下の教育だ。
まだまだお話は続きましたが、多くのことを学ばせて頂きました。 |
| 第9弾 (H20年11月5日配信) |
【トップエッセイコース9 担当:弊社社長 益永】
件名:幼児活動研究会・山下社長ご講演
山下さんは教師になることが夢でしたが、その夢は叶わず、アルバイトをしている内に一年が過ぎてしまいました。学習塾を受けてみても全部不採用。
そんな時に幼稚園児の体操の先生をすることになり、自分では全く面白くなかったのですが、園児たちは「今度はいつ来るのだろう」と毎朝、門のところで待っていたといういのです。他に仕事がなかったので、一週間後に同じ幼稚園に行くと大歓迎してくれたのです。子供が好きになり、体操を教える仕事をしようと決意したのです。
営業をしようと、幼稚園を回ってみるのですが、外部の者にお金を払って体操指導を頼むという発想はありませんので、「子供と遊んでお金を取ろうとは泥棒だ」と言われ落ち込みます。
でも、そのうちようやく契約が取れ、他の園にも声をかけてくれたのです。高校の教師の口があるからやらないか、という話がありましたが、断り、26歳の時に株式会社にしたのです。当初は週休6日だったのが、気がついたら月曜日から土曜日まで仕事で埋まるようになっていました。
そこで人を採用しようと大学に求人票を。
かまぼこ板にマジックで「幼児活動研究会」と書き、家にクギで打ちつけ、4畳半のプレハブが家であり会社となりました。
何人かの学生が来ましたが、プレハブの家を見て、話も聞かずに帰っていきました。
それでも男子学生を2名採用できたのですが、給料をある時払いで、2~3ヵ月遅れが普通のこと。
子供と体操をしていると何の不満もなく、午後6時過ぎに戻り、記録や帳簿づけをしたりして、夜3時頃寝て、朝6時に起床。朝昼は食事なしという毎日でしたが、まったく疲れず病気もしないという日々。
でも、年が明けて2月頃、新人2人が嬉しそうに「3月で辞めます。教員試験に受かったので4月から教師になります」と言うのです。
力が抜け、何もする気になれません。
新たに面接をしても、ほとんどが教員志望で腰掛け気分です。「この会社の将来はどうなるのですか」と聞かれても、答えられず。
2年目の4月、なんとか社員の数だけはそろったのですが、混乱の毎日。遅刻、欠勤がたびたび起こり、事務所はタバコの吸殻の山で、雑誌やマンガが散乱していて、まるで学生のたまり場。仕事の合間にパチンコで時間つぶしをする社員も。
言われたことしかない、言われたこともしない社員。口を開けば給料と休みのことしか言わない社員。
「なんで社員なんか採用したのだろう。一人でやっている方がよほどいい」と思ってしまう社長。
それでも年々少しずつ契約は増え、社員も増えていきました。10周年を迎えた頃、銀行から言われたことが「少子化が始まるから、何か他の仕事をやったらどうですか」。それから社員の結婚式に出て、社員だけでなく奥さんの面倒も会社は見ていかなければいけないことを痛感。さらには社員が大学時代の友人と会った際、自分の仕事が恥ずかしくて言えなかったと聞いたこと。
衝撃を受けた社長は、社員や会社の将来のことを初めて真剣に考えたのです。
そこで社長は社員に宣言しました。①服装はスーツ、ネクタイ着用。②一流の会社にする。③社員が誇れる会社にする、と。
誰も社長の言うことを本気にせず、特にスーツ&ネクタイには全員が反対。
賛成する社員も出てきてくれましたが、責任者以下、新人を除いて全員が辞めた部署も。
それまで5時に帰宅していた社員が夜の9時、10時まで残ってマニュアルをつくり始めてから会社全体がガラリと変わったのです。
山下社長も経営の勉強をしようと、生まれて初めてセミナー等に参加。
挨拶とトイレ掃除に力を入れましたが、トイレ掃除については反発を買い、多くの社員が辞めていきました。
それでも残ってくれた社員はよく働いてくれて、業績も上向きで経常利益率も10%を超すようになりました。少子化で逆に、子供一人当たりにかけるお金が増大し、それがプラスに作用しました。
そんな頃、盛和塾に入会し、稲盛塾長の教えに触れます。次なる塾長の言葉には涙が出ました。
「私も皆さんと同じ零細企業、中小企業のときがあったのです。誰にも負けない努力をして、どうぞ会社を発展させてください」
会社で実施していることは…
お客様、業者の方(郵便配達、宅配便)がおいでになったら、一斉に立ちあがって挨拶をする。お客様の靴を磨く(スリッパに履き替えてもらう)。濡れたお客様の傘をタオルで拭く。お茶、コーヒーのメニュー(手作り)で注文をいただく。お客様が帰られるときは、一斉に立ち上がって「ありがとうございました」とお礼を言う。幼稚園に入るとき門外でオーバーを脱ぐ。出るときは門で一礼する。
また、新入社員は初給料で両親にプレゼントをする。お中元、お歳暮を社員へ贈る。社員及び奥さんの誕生日に社長直筆のカードを送る、ことも行っています。
これからの展望としては、塾長の教えである「人間として正しい生き方をする」を社員、子供たちに指導していく。自分自身もそのような生き方、経営をする。人間教育の基本(躾と子供の可能性を伸ばすこと)を二大目標として教育に当たる。お年寄りの健康体操指導を新しい柱として育てる。小中学校へ社員を講師として派遣する。幼稚園・保育園へ園長を派遣する。
そして日本の教育に貢献する企業を目指していくと、山下社長は語られました。
山下社長の迫力はすごいものがありました。大きな学びもありました。
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| 第8弾 (H20年10月20日配信) |
【トップエッセイコース8 担当:弊社社長 益永】
件名:JAIFA主催・水谷修氏講演会
水谷 修さんは別名「夜回り先生」と呼ばれていて、結構お名 前が広まってきているかと思います。著書も多いです。
夜の繁華街を歩いては、外でたむろする中高生に声をかけては危ない世界から抜け出すお手伝いをされています。
水谷先生の講演会には人が集まるという噂は聞いたことがありましたが、確かにそうでした。
10月1日(水)の午後7時から、フェニックスプラザで開催されたわけですが、事前のチラシには「2F小ホール」と印刷されてありましたが、当日会場に駆けつけると「1F大ホール」に変わっていました。ただし、大ホールだと広すぎるみたいで、後方の部分には椅子は並べられてありませんでしたが。
水谷先生は今や年間440本講演されていて、今回が通算2,621本目になるそうです。延べ167万人に話をされたことになるのだとか。
現在は52歳で、夜回りを初めて17年間。1万人の直系の子供達が全国にいて、そういった子がまた夜回りをしてくれているそうです。
7年前から新しいタイプの子供が出てきているそうで、それはリストカットなど自傷行為をする子供達。リストカットする4つの原因とは、①親の過剰期待、②親の虐待、③いじめなど学校での諸問題、そして④20代以上の人の場合は過去の虐待、レイプなどが原因のPSTD。
日本の自殺者は3万人超と言われていますが、水谷先生によればもっといるそう。統計の採り方に問題があって、電車への飛び込み自殺は、靴を抜いでいたり遺書がある場合は除くと事故死扱いになっているのだそうです。自殺だと、その後の保障の問題が大変であるとか。
水谷先生は2日程前から福井に来られているみたいでしたが、何校もの学校で講演をされたみたいです。しかも、福井の片町でも夜回りをされたのだとか。
片町にある暴力団事務所へも行き、「ここから出ていきなさい」と言うと、相手がいきり立ちましたが、水谷先生は「おう、はじきか?刑務所行きだぞ」と応酬。
福井にいる直系の子供たちが、片町を歩く先生の前後を「殺させてなるものか」と防護してくれたのだそうです。
様々な危険な目にあい、朝から晩まで子供達から来るメールに対応し、全国を歩き回って子供達の危機を訴えておられる。本当に行動されている水谷先生はすごいと思います。
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| 第7弾 (H20年10月5日配信) |
【トップエッセイコース7 担当:弊社社長 益永】
件名:伝説のホテルを目指す鶴岡さん
鶴岡さんが新人ながらアパレル販売で20人分の売上を達成することができた秘訣については、「本番共有力」という言葉で表わしておられました。
普通の販売員は売上を伸ばすことを考えるものですが、鶴岡さんはお客さんを美しくすることにフォーカスしていたのだそうです。
ですから、例えばお客さんにフィットする洋服が自分の店にない場合は、同じスーパーの何軒か先のお店まで一緒に歩いていき、そこで販売までしてしまったこともあるのだとか。そのお店の人にも喜ばれ、結果的にはそのフロア全体が活気づくことにもなったのだそうです。
ウサギとカメの競争の童話はよく聞いた話ですが、鶴岡さんはウサギが負けたのはカメに勝つことが目的であったからで、カメが勝ったのはゴールが目的であったからだという話をされました。これはよく聞く話ですが、目的設定が重要だということのようです。
これは外資系コンサル(アーサー・アンダーソン)で引っ張りだこのコンサルタントになれた理由とも関係しているようです。
コンサルタントに要求される資質を三角形で現すとして、その頂点が「スキル・ノウハウ・知識」で、その下が「デリバリー能力」で、一番下が「マインド能力」だと言われるのです。
鶴岡さんは先輩社員と比較して総合能力では劣っていても、デリバリーや発信することが得意であったために、変わった女性がいるよと評判になってしまったようです。ここでも目的と目標を間違わないようにされたようで、要は目的とはミッションやビジョンの追求であり、永久に達成不可能なもの。目標はマイルストーンであり、数字に置き換えて達成していくものだということです。
また鶴岡さんはこれまで大勢の人を面接してきて、成果を出せる人と出せない人との違いが分かるようになったのだそうです。アンダーソンの仲間と立ち上げたネットベンチャーの会社は100人のスタッフを抱えるようになり、その後、楽天に売却したわけですが(現・楽天リサーチ)、数百人もの面接をする中で分かったことがあるそうです。それは、天国体質とセルフイメージの高い人が成果を出すのだということです。
天国体質とは、天国も地獄も環境的にはそう変わりなく、ただテーブルの上に料理と長い箸があって、天国体質の人はまず人に食べさせようとする人。地獄体質の人とは、その長い箸で自分がまずたべようとするために、食べられないままになってしまうと。要は同じ場所でも、そこを天国にするためもいれば地獄にする人もいるということだそうです。
ある村に入る所に門番が立っていたのだそうです。違う村から引っ越してきた人がその門番に聞きました。「この村はどんな村ですか?」と。 門番は聞き返しました。「あなたがこれまでいた村 はどんな村でしたか?」 「とてもいい村でしたよ」 「この村もいい村ですよ」 しばらくして、また別の人が引っ越してきて門番に聞きました。「この村はどんな村ですか?」 門番は聞き返しました。「あなたが
これまでいた村はどんな村でしたか?」 「いやひどい村でした」 門番は答えました。「ここもひどい村ですよ」 転職しようとしている人が、色々勉強できたからと前の会社に感謝 している場合は、それは鶴岡さんに言わせれば「卒業の転職」であり、前の会社の悪口を言う場合は、それは「逃げの転職」であると言うのです。
セルフイメージの高い人とは、自分を信じている人のことで、自意識過剰とは違うのだそうです。 セルフイメージの高い人は、仕事はこれくらいやらないと気がすまないと いうような自分としてのラインや出来栄え基準であるというのです。 これは松下幸之助さんの逸話として有名ですが、鶴岡さんも面接の時に「あなたはこれまでの人生ラッキーだと思いますか、それともアンラッキーだと思いますか?」と聞いていたことがあったのだそうです。
セルフイメージが高い人は、この仕事はこれくらいやらないと気がすまないという自分としてのライン(出来栄え基準)があるというのです。
また、デキルビジネスパーソンの心構えとしては、鶴岡さんは「素直」と「感謝」を挙げていました。素直で感謝の心があれば成功するとは限らないが、成功している人は全て素直で感謝の心があると言われるのです。 加えて、デキルビジネスパーソンの心構えとしては、「自分に許可を与えることのできる人」ということも紹介されていました。つまり、自分自身に「あたなはこれができる人だ」と言える人、自分を認めてあげれる人が成功するのだと言われるのです。
鶴岡さんは「1000年後の地球のために泊まることで世界のためになるホテル」を開発されようとしています。第1号は10ヴィラ24室のスモールラグジュアリータイプのホテルになるようで、20名の建物オーナーから建物を借り運営する仕組みだそうです。家賃の一部がオーナー名で自動的・継続的にチャリティーされることが特徴だとか。経済性リターンと社会性リターンを同時に実現する仕組みをもったホテルとして業界初の「社会起業家」を目指しておられるようです。 |
| 第6弾 (H20年9月20日配信) |
【トップエッセイコース6 担当:弊社社長 益永】
件名:清水哲さんと田中雅之さんと
清水哲さんは試合中の激突事故で首の骨を折ります。
かろうじて命を取り留めたものの、首から下が麻痺状態。死にたくても死ねことさえ許されないのです。
やがて、口にくわえたスティックでパソコンを使い詩を作るようになられます。9年かけて書き上げた著書『桑田よ清原よ生きる勇気をありがとう』(ごま書房)を出版。
私が書店で購入したのは、その後に出版された『生命(いのち)の話をしよう』でした。
ですから、ポスターでお名前を発見した際、見たことがある名前だなと思ったのです。
そのポスターは、そんな清水さんの詩を読んだ田中雅之氏(元クリスタルキングのボーカル)が、「この詩と出会い、そして曲を作りながら、歌うのは僕しかいないと思ってしまった」ということで、清水さん作詞、田中さん作曲&歌のCDが出るという案内だったのです。
実は田中さんご自身がボールを喉に当ててしまい、クリスタルキング時代の高音が出なくなってしまったのです。
清水さんの詩を読んで、「なんてちっぽけなことに悩んでいたのだろう」と反省し、詩に曲をつけられたのです。
清水さんの講演と田中さんの歌をセットに、福井でのイベントを企画している会社を訪問させて頂いていたのです。
そのお会社さんはウェブ作成等の事業を行っているところなのですが、様々な社会貢献もされています。
ところで、「生命(いのち)の話をしよう」も中村泰士作曲で歌になっていて、NHK「みんなの歌」で流されたそうです。 |
| 第5弾 (H20年9月5日配信) |
【トップエッセイコース5 担当:弊社社長 益永】
件名:CD「楽衆玄達 参」に詩を提供
事の始まりは、本年2月1日(金)の午後、T・コンソートの新保社長が来社された時にさかのぼります。言わずと知れた「楽衆玄達」の代表でいらっしゃいます。
その場で、これから準備する第3集に詩を提供してもらえないかという話が出たのです。驚きの余り、口を大きく開けてしまった私でしたが、新保代表の口からは、いつも作っている和歌で福井の名所旧跡等を歌って欲しいという話が出たのです。
なんでも断らない私ですが、「それでは、どんな場所を謳ったらいいか、ご提案頂けませんか」とお願いして、その場は終わりました。
その後、新保代表からメールが送られてきたのは、19日(火)のこと。ご提案頂いたお題は、足羽川(足羽山)、御泉水、滝谷寺、鯖街道、九頭竜川、平泉寺、気比の松原、紫式部、そしてお水送りでした。
その他、表現しやすいお題があれば、それについて書いてもらってもいいし、表現しにくいお題は削除してもらっていいということでした。
それと歌のタイトル案としては、「玄達ひらがな数え歌」ではどうかと記されてありました(最終的には「玄達かぞえうた」になったわけですが…)。
そこで、宿題を頂いた私は、その日の午後、一部のお題について考えてみました。
足羽川は自宅の近くにあるため、小学生時代はよく兄とキャッチボールをしに行った覚えがあります。また、昔はすすきが子供の背丈ほどの高さで、生い茂っていたことを思い出しました。
そこで浮かんだのが、
あすわ(足羽)川
すすきと
わ(我)れが背を競い
さが(探)すボールは
かわも(川面)に浮かぶ
福井駅にも思い出があります。オフィス兼自宅の木造の家に住んでいた私ら家族ですが、早朝の時間帯にはよく汽笛の音が駅から聞こえてきたのです。布団に入りながら聞いていた情景を歌いました。
ふとん(布団)にて
遠く聞こえし
懐かしい
あの音えき(駅)の
きてき(汽笛)の音で
早速、出来上がった幾つかを新保代表に送ったところ、以下のようなメールが夕方に返ってきました。
「早速のご執筆ありがとうございます!こちらもイメージが湧いてまいりました!手まり歌を歌う少女(おかっぱで)がすこし妖艶に歌う…絵柄がみえてきました。市川監督の映像みたいです。社長様にお願いして良かったと思います。冊子の掲載もこのスタイルでいきましょうね!社長様で、こんなお題はどうか?という設定があればお力をお貸し頂ければ幸甚です。お忙しい中、あまり無理なさらずにお願い申し上げます。ありがとうございます。製作にも励みが出てきました!」と。
喜んで頂けて、少し自信を持った私は、他のお題にもその日と翌日とで取り組み、全てを2日間で仕上げました。足羽川と福井駅の他に、平泉寺、鯖街道、九頭竜川、お水送り、気比の松原、滝谷寺、御泉水を作ったのです。
ただ、紫式部は、一応候補は考えてみたのですが、ちょっと難しいので、他のお題に代えさせてもらいたい旨お願いもしました。
すると21日(木)に新保代表から返信があり、「お忙しいところ猛烈なスピードでのご執筆ありがとうございます。現在、作曲との打ち合わせに入っております。紫式部など、社長様がピン!と来ないものはどんどん除外して頂いて結構ですので宜しくお願い申し上げます」とありました。
そこで、紫式部の代わりとして、春祭り、波の華、そして三方五湖を考え、合計で12の作品を新保代表にメールしました。
その後、29日(金)に新保代表が来社され、一緒にこれまでの作品のブラッシュアップの工程に入りました。少し、言葉を変えたりしながら、一応、全ての作品が出来上がりとなりました。
それからは先方さん側の作曲、編曲、録音等の大変な作業があったみたいで、8月初旬にCDの発売となりました。
私としてみれば、自分の名前が作詞のところで出るなんて思ってもみなかったこどですが、これも「ひらがな名前入り和歌」を作り続けてきたお陰であり、『「ひらがな」な社長の毎日。』を出版したお陰かと思います。
いずれにしましても、貴重な新しい体験をさせて頂きました。
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| 第4弾 (H20年8月20日配信) |
【トップエッセイコース4 担当:弊社社長 益永】
件名:盛和塾・塾長例会が福井で開催!
稲盛塾長のコメントの中で印象的だったものをご紹介します。
「売れないと思うのか、チャンスと思うのか。その思いの違いによって、結果は大きく違ってきます」
「成功者と不成功者の違いは紙一重。でも超え難いへだたりがあります。それは粘りがあるかどうかです。壁にぶち当たると、すぐに諦めてしまう人がいます。理由をつけて断念してしまう人がいます」
以前、会社を破たんさせたことがあるという経営者が、「周囲の人を不幸にしてしまった」と涙ぐむと、塾長はこう述べられました。
「感性的な悩みは一切してはなりません。それでは心も体もボロボロになってしまいます。反省はしたとしても、後は不遜な言い方になってしまうかもしれませんが、ケロッと忘れて、残った力を発揮すべきです」と。
また、「もう駄目だ、と思った時が仕事の始まりです」とも。
様々な困難を乗り越えてこられた塾長のお話だけに、胸に迫るものがありました。
8月5日(火)の塾長例会の翌日6日(水)、は東尋坊の見学、そして三国サンセットビーチにおける海水浴のイベントもあり、塾長と塾生との心の交流は続きました。
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| 第3弾 (H20年8月5日配信) |
【トップエッセイコース3 担当:弊社社長 益永】
件名:㈱タカヨシ高橋社長さんとの再会
株式会社タカヨシの高橋春義社長さんは7月22日(火)に、「ふくいジョブカフェ」が開催する「人財企業事例研究会」でお話をされました。
テーマは「感謝と笑顔で世界一 -小さなことから会社は変わる-」でしたが、要
約 してご紹介しますと…
※10年以上前は会社はひどい状態だった。一人入れるために百数十人面接していた。ここ7~8年はほとんどやめない。ゼロではないが。去年、ハローワークに呼ばれて5回講演した。
※売上は40億円で、その半分が計量ラベルだ。社員は130数名で、子会社を入れると150名。新潟では5本指に入る印刷会社となった。新工場を建てたのは今から20年前で、昭和63年1月4日に亀田工業団地へ行った。当時の社員は40名。
※新潟県経営品質賞の知事賞を受賞したのは2000年で、2001年から会社がどんどん変わった。
※それまではCS第一だったわけだが、知事賞を受賞してからESが第一であることが分かった。
※挨拶の訓練を亀田工業団地に行った頃から徹底してやり始めた。毎朝訓練している。挨拶は「姿勢を正して、笑顔で、上から、下から、心から、おはようございます」と言っている。歩きながらの挨拶ではなく、停止礼をさせている。朝礼の前にはお互いに近くの人と握手もさせている。
※どんなことでも継続は力で、手を抜くとあっという間にダメになる。言い続け
ることが大事で、3~5年やっても、止めるとすぐにダメになる。
※新卒を毎年6~10名採用しているが、ほとんど辞めない。平成12年から今までで1000人超の見学者があった。挨拶、笑顔、感謝、心の教育、そして掃除を徹底してやっている。
※来年は日本経営品質賞にチャレンジしたいと思っている。
※海外旅行を毎年やっていたが、それでも辞めていく人がパラパラいた。今年は出さなかったが決算賞与も出していたが、それでも辞める人がいた。今は内部の充実優先ということで海外旅行はしていない。こういうことをしていても社員は辞めることが分かった。だから今では心の教育と風土作りに注力している。社風作りに十数年
かかったが、これなくては社員は定着しない。
※倫理法人会に入ってから自分自身も変わってきた。初めて教育は心が大切であることが分かった。今は新入社員教育を380時間行っていて、これは普通の印刷業者の倍以上だ。(ここで、「この会場で倫理法人会に入っている方は?」と問われたわけですが、私一人でした)
※社員教育は「何のために生れてきたか」から始める。40歳の時に人に問われて、思わず「子孫繁栄のため」と答えると、「種馬か!」と言われてしまった。以来、それがわかるまでに30年間かかった。中村天風さんの本を読んで分かった。人は人に尽くすために生れてきたのだ。何のためにが分かると社員も変わる。
※創立記念日には立派なホテルで式典を行い、講師を30万円もかけて呼んだりしている。新社屋を建設しても、海外旅行に連れていっても、決算賞与を出しても社員は辞めていくので、経営品質賞に飛びついた。隣の芝生は青く見えるもので、お金でも、旅行でもない、誇りを持って仕事をしてもらうことが大事だ。今では大勢の見学者があり、人は評価されることを望んでいると思う。
※経営品質賞をもらってから理念を考えた。思想を変えたときに会社は変わる。
その晩は一緒にお食事をする機会にも恵まれ、さらに色々なお話をお聞きすることができました。 |
| 第2弾 (H20年7月20日配信) |
【トップエッセイコース2 担当:弊社社長 益永】
件名:第11回産官学・異業種交流会開催
第11回目は福井コンピュータ・小林社長さんに見学会場のご提供とご講演をお願いしました。
7月10日(木)午後2時からは、丸岡町にあるウィンラボラトリの見学会です。当初は定員30名ということでしたが、希望者が多くて、途中で枠を35名に広げて頂きました。
それが当日、全員のご参加を得たのです。これはすごいことだと思いました。
35名の皆さんは3班に分かれて、社内を見学させて頂きました。私はC班に加わらせて頂いたのですが、まずは1階のホールでフィットネスマシン「MEDIMO」の体験でした。それからは最上階12階の社員食堂、11階の役員フロアと会
議室、そして下のフロアの開発部やコールセンターなどを見学させて頂き、最後は1階の配送センターでした。
講演の部は会場を福井ワシントンホテルに変えて、演題 は「ワンマン経営とは」でした。
小林社長によれば、ワンマン経営とは人に頼ることなく自分で考え、行動に移す自信と見識だと。自分の考え方を経営に適用し、そしてそれを実証することだと。経営を、公正、厳正、やる気、などの普遍的真理に近づけることが目的だと。
ワンマンというと悪く言われることがあるが、オーケストラの指揮者もワンマン(一人)であり、指揮者が二人もいたら混乱してしまう。指揮者が譜面を見ながら指揮するように、経営者は自らの考え方や生き方でもって会社を経営する。
それからは人間と動物の違いや、農業社会→工業社会→第三の波の時代への変遷、知と情報を材料とした商品を作る時代になっていることを説明されました。
知と言う商品は賞味期間が短いゆえに、常にアイデアを出し続けるシステムを構築することが重要であると。
それからは、ご自分の幼い頃から現在までの人生を振り返られ、行商をされた子ども時代、社会人になってからの労働運動、そして転職の数々、そして中小企業家同友会での学びの話などをされました。
体験に裏打ちされたお話は実に説得力があり、力強さを感じさせて頂きました。
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| 第1弾 (H20年7月5日配信) |
【トップエッセイコース1 担当:弊社社長 益永】
件名:株式新聞社の取材を受ける
岡三アセットマネジメントの伊藤常務さんは、岡三証券の株式部長時代からマスコミによく登場されていました。そんなことで、マスコミ関係者との人脈はばっちり。
私のお願いを聞いて下さり、すぐに株式新聞社さんにアプローチされ、記者とその上司の了解をとって下さいました。
株式新聞社さんからご提示頂いた3日程の日程の中から、一日を選ばせて頂き、私が上京することになりました。
約束の日時は6月18日(水)の午後4時で、場所は東京駅八重洲口から歩いて3分の岡三アセットマネジメントさんの本社です。
最近になって引っ越されたばかりというオフィスは日東紡さん所有の重厚なル。美しい外観からは、建てられて20年近く経っているとは思えませんでした(数年前に改装されたのだとか)。
まずは吉野社長様をはじめ皆様のご誘導で、岡三アセットさんの社内を見学させて頂きました。ゆったりとした室内、休憩室などの完備、そして窓から見える素晴らしい光景。有楽町駅前にある「フォーラム」や緑の皇居が見えます。
約束の時間に株式新聞社の記者の方が到着。
伊藤常務も交えて3人で取材は進められました。
事前に拙著『「ひらがな」な社長の毎日。』はお送りしておきましたので、伊藤常務も記者の方もお読み頂いているようでした。伊藤常務におかれましては、私がお送りさせて頂いたハガキ2枚をご自分の机の上に飾られていました。ありがとうございます!
インタビューは和やかな雰囲気の中、進められ、約1時間半くらいでしょうか、経ってから終了となりました。
実はその記事が早速6月25日(水)の株式新聞紙上で、結構大きく掲載されました。私の写真も2枚、そして本の写真も1枚載っています。
大変に光栄な機会となりました。
今回は岡三証券さんや岡三アセットマネジメントの皆さんに大変にお世話になりました。本当にありがとうございました!
株式新聞の記者の方にもお世話になりました!
ありがとうございました!
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